全分子フコイダン2000を半年飲み乳ガンを抑えています

全分子フコイダン2000を半年飲み乳ガンを抑えています

 

母が乳がんになったと知らされたのは私が27歳の時で、妹はまだ21歳、父が半年後にリタイヤを控えており、まさにこれから子どもたちの手が離れ、父と二人で第二の人生を謳歌しようと母自身も意気込んでいた矢先の事でした。
健康診断でE判定が下され、精密検査を重ねた結果、右乳房にがん細胞が認められました。家族全員で医師の説明を受けましたが、再検査の通達が届いた頃から母から「多分がんだと思うのよね」と聞いていたので、がんだと断言された時はさほどショックは受けませんでした。
ステージ2で、比較的発見が早期だったのですが、進行性の活発なタイプのがん細胞だったようで、一刻も早く抗がん剤治療をはじめなくてはならない状態でした。
種類と進行具合により、手術が先なのか抗がん剤治療が先なのか、変わってくるという事を、私たち家族は始めて知りました。

 

そして母の闘病生活が始まりました。治療は3週間に1回、数時間ほどかけて、強力な抗がん剤を投与し、それが半年間続くとの事でした。薬が強力だったという事もあり、がんはみるみる小さくなったのですが、副作用も大変で、あっという間に髪が抜け、体調が優れない日も多かったようです。
それでも母は、人生を悲観したり、辛いとか苦しいとかの泣き言を一切口にせず、いつも笑顔を心がけ、常にポジティブシンキングでした。体調が良い時は進んでウォーキングなどに出かけ、周囲の人にも自分ががんになったという事を必要以上に隠したりせず、むしろ沢山の情報を得ようと積極的にがん患者の方や、元がん患者の方と交流していました。

 

そんな母でしたが、ある時父から「お母さんが緊急入院した」というメッセージが来て、何が起きたのかと心配した事がありました。
その原因はなんと盲腸。がん治療中に盲腸になった事例はほとんど無いと言われていましたが、急性虫垂炎になってしまったのです。その時の母の憔悴した様子は哀れそのものでした。

 

その一件があり、体が大分弱ってしまったので、強力な薬で治療を続ける事は体への負担が大きくなるからやめようという医師の判断で、比較的軽い薬を1週間に1度のペースで投与するというやり方に、切り替わりました。
すると、副作用もかなり軽くなったようで、盲腸から復活した母は、強力な薬で闘病していた時よりもずっと元気になりました。

 

とてもがん患者とは思えないアクティブさで、小旅行にまで出かけていました。楽しいことがあれば大声でケラケラ笑い、大好きな語学の勉強もコンスタントに続けていました。

 

そして、治療と全分子フコイダン2000を飲み始めて半年、ほとんど見えなくなってしまったがん細胞でしたが、万全を期すために右乳房を全て切除する手術をおこない、母の闘病は終わりました。

 

乳房切除の際も、「今さら気にすることはなんにもないわ」とあっさりと全て切り取ってしまうことを選び、フェイクも面倒だからいらないとあっけらかんとしていました。

 

病は気からとも言いますが母のこのメンタルの強さと明るさが、がんに全身を侵食させる隙も与えずに、完治に導いてくれたのかなと思っております。また全分子フコイダン2000も母をサポートしてくれたのでしょう。

 




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