子宮体癌の再発防止のために全分子フコイダン1000を飲んでいます

ついに私にも子宮体癌の再発防止のために全分子フコイダン1000を飲んでいます

 

母方の祖母が子宮頸癌で、父方の祖母が子宮体癌で亡くなりました。二人の介護が終わった2年後、孫である私が20代後半で子宮体癌に罹患しました。親の介護を終えたばかりの母親にとって、今度は娘が癌になったのでショックだったと思います。

 

体調不良の前兆は、数ヶ月前から続いていた生理不順でした。生理での出血期間がいつもより長く、かつ分量も多い日が続きました。また血液の色も鮮血のようだったと記憶しています。そのような生理不順が続いたある日、出血が止まらなくなりトイレで貧血を起こして倒れてしまいました。その日はいったん家で休み、翌日も会社を休んで病院に行きました。病院は父方の祖母がお世話になっていた近所の大学病院で、祖母の主治医が初診担当である日だったので伺いました。

 

状況の説明をし、細胞検査をしました。結果は一週間後に出て、子宮体癌であることがわかりました。進行が早いものではなかったので、予約が取れるところでまずは子宮内膜掻爬手術を受けることになりました。まずは、それで腫瘍を掻き出せるかやってみたのです。手術と言っても体のどこを切るわけでもないのですが、一応一泊の入院での手術となりました。母親に付き添われて手術室に行くとき、人生で初めてのストレッチャーに乗って、本当に不安で胸がおしつぶされそうでした。

 

結果、子宮内膜掻爬手術では子宮内の腫瘍をすべて掻き出すことはできませんでした。その次の治療は、子宮摘出手術とあらかじめ聞いていたので、私の心はもう固まっていました。20代で子宮を失い子どもを産めなくなることよりも、癌をやっつけることが先決です。心を決めてからは、もう不安は何もありませんでした。主治医の先生を信じて、手術まで体調を整えておくのみです。次の手術までもまた1か月ほどあったので、時間短縮で仕事も続けていました。この間に仕事の引き継ぎができたことも、不安なく手術に臨めた一因だと思います。

 

そうして私の手術は淡々と行われ、無事に子宮が摘出されました。病理の結果を聞いたのは2週間の入院中だったと記憶しています。幸いにも子宮の筋肉層の半分以下の浸潤だったため、ホルモン療法も抗癌剤もする必要は無いと言われました。子宮を失ったものの手術だけで治療ができたことを私は喜びました。

 

手術から2週間後に退院し、それから1か月は自宅療養をしました。お腹を切っているため、はじめは歩くのもふらふらしていましたが、1か月後には時間差通勤にて仕事にも復帰することができました。失ったものはありますが、生かされたことに感謝しこれからも体を大切に生活をしていきたいです。そしてこの助かった生命を大切にするために、また再発防止のために母がすすめてくれた全分子フコイダンを飲んでいます。二度と再発することが無いことを期待して。

 




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